2009年11月22日

「東京午前三時」

昭和33年。
29歳の青年航海士はその日、
45日間の航路を無事に終え徳山港に降りたった。
久しぶりに踏んだ陸地は、瀬戸内海に位置する山口の港。
もっとも彼の過去には、地球をぐるりと一周した武勇伝もある。
その時は、七ヶ月間もの長い船上勤務が続いた。
それを思えば、たった45日の海上生活など難なく終えた事だろう。

青年が、所謂「丘」へ上がったその夜。
同期三人で久しぶりに夜の繁華街へと繰り出す事にした。
ダンスホールが当時の大流行であり、
真っ白い制服を着たまま、彼等も一目散にそこへ向かった。

煙草の煙。
ブランデーの匂い。
流行の歌が聞こえる。
瞬時に彼等を、なんとも甘やかな夜へと誘っていく。

「東京午前三時」
フランク永井の歌が流れ始めたころ、
青年は一人の女性の目の前に立った。

「踊りませんか?」

長身の船員服姿が彼女にとってどれほど眩しくぴかぴか(新しい)映ったことか…。
彼女は、そっと右手を差し出した。

踊りながら彼女の話しを聞けば、
親や親戚に散々世話をしてもらい、ようやく決まった就職のため、
夕方、小郡駅を出発した夜行列車で東京へ向かう予定だったのだと言う。
ところが、親元を遠く離れた事のなかったその人は、
淋しくて、不安で、一時間もしないうちにたまらなくなりもうやだ〜(悲しい顔)
途中で飛び降りたのが「徳山」という駅だった。
しかし帰るに帰れず、このダンスホールでぼんやりと座っていたのだ。

目の前に差し出された手をそっとつかんだ時、
二人は何かを感じたのだろうか。


・・・・と、これが、
私自身の生命の誕生が約束された(?)日でもある。

この夜の父と母の出会いを聞くのが私はとても好きで、
何度も何度も同じ質問をしてきた。

母が弱虫であったこと。

父の船がその日、徳山港に停泊したこと。

そしてこの夜、「ダンスホールの出会い」

これがなければ今の自分も、兄たちも存在していない……。

よくぞ途中下車してくれた!バス手(グー)

私は時々、
なんとも幸せそうな「昭和」が香る
「東京午前三時」を聞きながら、その夜を空想して微笑む。
ニタニタ♪わーい(嬉しい顔)

posted by 悠(ゆう) at 22:53| Comment(15) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

忘れられない一日

11月7日(土)晴れ

以前、「心」という日記のなかで、
「自分」と「自分の心」と「魂」がはたして一体となり得るか…
などと書きながら、未だ自分のことがわからないままでいた。

けれど今日、
その三つがはっきりとバラバラになっている事と、
瞬間、ひとつになったのを感じた。

☆まず「自分」
大の巨人ファンとしては、
恐らく今夜決まるであろう優勝の瞬間を生で観たかった。野球

☆そして「心」
大病を抱えながら75回目の誕生日バースデーを、
元気に迎えられた母の今日(7日)を
何よりお祝いしたかった。

☆最後に「魂」(私の場合本能かなぁ^^;?)
どうしてもあの曲を、あの声を聞きたくて…
「自分」と「心」
二つの足かせを引き摺りながら、またライブへ向かってしまうモバQ

しかし、「魂」はやはり間違えない。キッパリ
なぜなら、
「あなた、今ライブに足繁く通ってる場合じゃないでしょ!猫
行く前に私のいろいろな危機的状況(?)を心配して
私を戒めながら同行してくれたEちゃんとその母。

そして前日の夜、突然の誘いにも拘らず、
「行く行く〜わーい(嬉しい顔)
と快く足を運んでくれたMちゃんご夫妻。

ライブ終了後には(案の定)
「良かったぁ!次回のライブから絶対来るから連絡してよ!」
何より嬉しい反応で、それぞれがCDを買って帰ってくれた。

帰り道、一番心に残った曲を聞いてみた。
それは、
【I'm the Earth】 by BIGBELL
「空」「太陽」「海」「山」「雨」「雲」
「川」「鳥」「虹」「緑」「風」「花」「星」・・・・。
地球上で私たち人間が五感で感じ取れるあらゆる事や物。
そんな言葉が、ただただ羅列している不思議な歌詞。
そこに何とも優しく美しいメロディが載せられたことで、
何億光年も昔へ、或いは未来へ、心を誘われる。
そしてその全てが、とてつもなく愛おしく思えてくる。

これはすごい!!
さすが!としか言いようがない。
図書館の書庫に何十年も眠る不朽の名作のように、
生まれたばかりのこの曲が、後世いつまでも歌われる曲になるといいなぁ。
彼女たちが感動したこの曲が、私も大好きになった♪

力強い「魂」に引きずられていた二つの足かせも、
ついに一緒に小躍りしている揺れるハート
お母さんお誕生日おめでとうプレゼント
照れくさくて言えなかったから今言うよ^^;
巨人日本一おめでとうぴかぴか(新しい)
照れくさくはないけど、今言うよ^^;
2009年11月7日。忘れられない一日。


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2009年10月20日

空を飛んでいけ!

10月19日(月)晴れ


「君が癌について読んだ本を貸してくれないか…。」

突然の電話に少し驚いたが、
話しを聞けば、学生時代の友人Yが末期癌を宣告され、
入院したという事実を知ったのだという。

当時の仲間何人かで連絡を取り合い、
家族ではない自分たちは何も力になってやれないのだろうか。
そんな事を考えることが、出すぎた話だと言われるだろうか。

青春の一時期を共に過ごした友人の報せに、
きっとそれぞれの思いを巡らせているのだろう。

会社帰り、私の自宅近くに立ち寄り、
軽くビールを飲みながら赤線だらけの本に目を通しはじめた。
既に治療を施している彼女に対して、

「余計な情報を耳にいれる事が良いかどうかだよな…」

「いやせめて、セカンドオピニオンくらいは当たり前だと言いたいんだよ…」

彼は話しながら未だ大きく揺れている。


本とは別に、
既に彼がインターネットで調べた情報もいつくかその手元にあった。
そして更に、今夜から猛烈な速さで持ち帰った本を読み、
彼の感性で、その見解をしっかりと打ち出すのかもしれない。
短い時間にその思いの真剣さは充分に伝わってきた。

しかし、
おそらく直接会いには行けない病室の彼女に、
その行動の詳細や、思いの全てが伝えられるわけではないだろう。

誰かの真剣な「思いやり」や「優しさ」は、
こうして確かなものとして、
静かに、ひっそりと、
そして、激しく動いているものなのだ…。
そんな事をしみじみと感じた。

目には見えない何かがきっと彼女に届くだろう。
いやなんとか空を飛んでいけ!ぴかぴか(新しい)
そしてきちんと着地して欲しい。

そんな事を願いながら彼を見送った。手(パー)


posted by 悠(ゆう) at 14:01| Comment(7) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

「鐘の音」

10月14日(水)曇り

「また、ライブですか…^^;」
少し呆れた口調で聞こえてくる声を覚悟しつつ。。。

12日(月)。
23回目(精神年齢)のバースディバースデーに、
「BigBellライブ」を自分にプレゼントした。(毎月じゃん^^;ま、まぁね)

はじめて同行してくれた Yちゃん Iちゃん ありがとう黒ハート

【Yちゃんの感想】
「歌も曲もいいけど、MCが最高ね!!」
福山○治さんが大好きなYちゃん。

「そうなの。歌の実力&MCは決して彼に負けず劣らず…わーい(嬉しい顔)手(チョキ)
と、したり顔の私。

【Iちゃんの感想】
「何、この壮大で翼がはえてるような未来を感じさせる曲!」
と、彼女らしい独特な表現でオープニングの曲【One】に、
涙目で振り返っていた(;;)カワイイ

「やった!わーい(嬉しい顔)手(グー)
と、またしたり顔×2。うふっ黒ハート


彼等のHPにあるWebRadioだけでは
なかなか理解してもらえず二の足を踏んでいた二人に、
ようやくその重い足を運んでもらえて本当に良かった(^^)v

私自身は今回が通算7回目のライブ。
ライブの楽しみも然る事ながら、
近頃はだんだん、この瞬間が楽しみのひとつになってきた。

「名」=「評判」

「実」=「実際」

これが一致する音を聞く瞬間♪カランカランカラン←成功の鐘の音ぴかぴか(新しい)

今はまだ、
手を伸ばせば触れられそうな距離で、
その、あまりにも完成度の高い楽曲や歌を披露してくれているお二人。
一日も早く、
米粒のようにしか見えないほど大きな場所で歌っている事を夢見て、
私はまた、今日もちいちゃな鐘を鳴らす。カラン♪ぴかぴか(新しい)


そして、背後からまた呆れた声が…
「あなたの鐘、そろそろ磨かないと錆び錆びになってるよ。きゃ!がく〜(落胆した顔)




posted by 悠(ゆう) at 15:28| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月03日

喜 怒 哀 楽

10月2日(金)雨


4月に会って以来、半年振りに集まった友人たちに
素敵なお店を紹介してもらった。
多摩川のまさに川原……というか土手。

20091001-1.jpg

こんな場所でお店やっていいの〜(・・;
と思ってしまうような場所だが、
都会の雑踏のなかとは思えないほど、
静かでお洒落で美味しくて…何より風が気持ちいい。
「Peaceわーい(嬉しい顔)手(チョキ)」ここは、お薦めです。(Kちゃん隠れ家暴露、ごめん)

会話のなかで話題になったこと。(正しくは私が一人で語っていたかも^^;)
人間の感情について。
そう「喜怒哀楽」。

中国の五行説によればもう一つ「怨」も加わり五情になってくる…らしい。
自然哲学の思想から、天地万物は 木・金・水・火・土 の五種類の元素からなり、
その元素は互いに影響を与え合い、変化し、循環する……らしい。
(喜→木・怒→金・哀→水・楽→火・怨→土)だそうだ(・・)

なんて難しいことは兎も角。(なんなんだ^^;)
とりあえず四つの中で「怒」の感情。

私はこれが、人の感情の中でもっとも持続性がない物だといつも思う。
これを継続できる人には、
ある意味ものすごい強さとエネルギーさえ感じる。

なぜなら「怒」はものすごく体力を消耗するから。
そして、その割には一晩寝ると気分が変わり(人によるかな^^;)、
なぜ怒ってしまったのか思い出せない時すらある。
挙句、自暴自棄・自己嫌悪に変化し、最後には自分が苦しんでしまうもうやだ〜(悲しい顔)

この毎度のパターンを段々わかってくると、
近頃は「怒」を出来るだけ起こさないように過ごす事が賢明であり、
結局は自分のためでもある…と思うようになった。
(いかに自分の意見に自信がないか、かもしれない^^;)

「時が解決する」
「時間は人に優しい」
などと表現することがよくあるが、本当にその通りだ。
でももう一つ。
「時間も確かに優しいが、人の脳が優しく出来てるんだわわーい(嬉しい顔)
と、実感した事があった。

二十数年ぶりに行われた同窓会。
みんな口々に話す事が実に象徴的だった。
いじめっ子だった子も、そうではない子も皆同じ。

「誰かにされた事」
よりも、みんなで
「誰かにしてしまった事」
をそれぞれが記憶していたのには感動した。
懐かしく笑い話で口々に話すのは、
記憶のなかにある「反省」だけが際立っていた。

人間の感情。

これは、時間の経過とともに実に「寛容」で、実に「優しく」
時計と一緒に進んでいくものなのかもしれない…そう思った。




posted by 悠(ゆう) at 01:26| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月18日

「手紙」

9月18日(金)曇り


「文通」
という言葉は、もう死語になってしまったのだろうか。
既に懐かしい響きがある。

中学の頃、
顔も知らない同級生と文通をするのがひと頃流行り、
他校の女子中学生で文通希望者を探しては
手紙を交換し合っていた。

今思えば、
あのアナログな時代に
どうやって自分の相手を探したのか記憶にはないが、
淡い恋の話しや将来の夢を語り合い、
時には「詩」をつくって褒めあっていた^^;
彼女の美しい文字は今でも思い出せる。

同じ県内で北と南に離れている二人は、
その後、顔も知らないままそれぞれの進路を歩み、
結局一度も会うことはなくいつしか忘れていった。

「会いたいなぁ…」

と今になって思うのは、年を重ねた証拠だろうか^^;

時が経ち、
その時に交わした「詩」を、
ある時記憶をたどって書き起こしてみた。

するとその「詩」は、
当時、親しくしていたアーティストによって生まれ変わり、
それから何年か経って、
ある作曲家により美しいメロディがのせられた。
広く世の中に知られる事はなかったものの、私はとても満足している。

だって…
少なくともその歌が生まれたエピソードは、
「たか子ちゃん」と私の「手紙」の中に存在している。
それだけは確かだから^^うふ揺れるハート


今でもその歌を口ずさむ度、
空想の中でしか知らない「たか子ちゃん」の顔を思い浮かべる。

そして、
「手紙」をポストに投函してから
返事が届くまでの数日間・・・。
待ち遠しくてしかたがなかった。
自宅の郵便受けを空ける度に飛び跳ねたり、がっくりしたり^^;

あれからたったの数十年。

左手の親指がつりそうになりながら
ようやく書いて送信したかと思うと、
数秒後にはすぐに返信が届く便利な時代(^^;

「手紙」
今思えば、待つ事への愛おしさを感じる。





posted by 悠(ゆう) at 14:15| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月08日

「空気の研究」

9月8日(火)うす曇り

昨日の朝刊に、ご近所のある有名な方が記事を書かれていた。
山本七平さんのご著書「空気の研究」に触れ、(以下抜粋)

【日本人は事に関する空気にいかにも弱い。
つまりその場の空気が作り出す風に容易に吹き飛ばされてしまう、
個々の自我の希薄さ故にだろう】とあった。

これは、今回の総選挙の結果に多少の揶揄が含まれているようだった。
確かに、その方が更に仰っているように、
昭和20年の夏。
「一億玉砕」から「一億総懺悔」へと一夜にして変わっていく希薄さは、
日本人の軽薄無残な精神性の顕れだと言われれば、まさにその通りだと感じる。

されどこの「空気」。
日本に生まれ、育ち、これからも生きていくには、
その「空気の文化」はかなり重要なものになってくる…事もある。
特に、私のような所謂「空気読めない=KY」人間にとってはふらふら
「察する」
という努力を目一杯しなければならない場面が数多くあるのも確か。

先週の日曜日。
私の母は、おそらく七十数年の人生で初めての「ライブハウス」を体験した。
心うきうきと何日も前から洋服をあわせてみたり、
直前で妹(叔母)を誘って私を慌てさせたり……。
とにかく、
昭和8年〜12年に生まれた「三人の元少女」ご一行を連れ赤坂へむかった。
(注:もちろん私も元少女^^;)

世代の違いなどまるで問題としない「BIGBELL」のライブの内容に、
案の定、終わった頃にはすっかり「きゃ〜」と目をハート型黒ハートにして、
現役バリバリの「恋する乙女」となっていた。

そしてアンコール。
ライトに照らされたステージの上から、ざっと客席を見渡して
「昭和に響くメロディ」を選択されたのだろうか。
或いは予め予測されたプログラムだったのだろうか。
【ゴンドラの唄】
・・・・いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に・・・・
客席では、それぞれの胸のなかにある時代が蘇るのか、
私のテーブルの乙女は目に涙を浮かべ静かに聞いているようだった。

ところが、だ。がく〜(落胆した顔)

最後の音の響きも、歌い終わった余韻も、
まだまだ会場内にどっぷりと流れていた時…。
クラシックオーケストラで言うと、最後のタクトがまだ止まってもいない時。
「はい! BIGBELLのお二人でした〜!皆さま盛大な拍手を〜!」
と甲高い声のMCが入った。(限られた時間。やむを得ないのだろうが)
せめて音が消えるまで…
せめて次の息を吸うまで…。
待って欲しいと思ったのは私だけだろうか。

そう…「空気」。
頭の中を、白黒で穏やかに流れていた映像に、
突然フルカラーのハンバーガーファーストフードがCMで飛び込んだような^^;
そんな気がした。

「空気の研究」本
改めて熟読してみたいと思う。



posted by 悠(ゆう) at 12:20| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月24日

「六本木ヒルズ〜その1〜」

8月23日(日)晴れ時々曇り

*****************************
【はじめに】
母の入院に際し、暖かいお言葉を下さった方。
お忙しいなか、お力添えを下さった方……。
このような場からで恐縮ですが、心から御礼申し上げます。
心配していた新薬の投与から既に三週間が経過致しました。
あらゆる検査の結果、お陰さまで転移はなく
副作用も殆どない状態。
痩せた手足は気になるものの…アッパレ!元気です。
本当にありがとうございました。
*****************************


六本木ヒルズタワー。
今やダーティーなイメージの建物に見えてしまう。
それは少し言いすぎだろうか…ホテル(ゴメンヒルズさん)

私は今まで映画を三度、
友達とのランチが二度、
取材が一度。
計6回ほどあの建物に足を運んだ事がある。
そしてその6回全て、迷子になったふらふら

方向音痴も勿論あるけれど、あの迷路のような建物を歩いているうちに
なんだかいつも目がまわり始める。
ぐるぐる廻ってようやく見つけた案内表示には、
なぜかアルファベットばかりが格好良く(?)並んでいて(?o?)

「日本語で書かんかぃ!」

思わず小さく叫んでしまう。

とにかく毎回そんな調子で、
正直、私にはどうしても苦手な場所となってしまった。
しかし、テラスに置かれた椅子に座り、
手を振っている同級生の彼女はそんな私に、

「あなた毎回迷うわね。」

と涼やかに苦笑する。

「いったいなに人の何歳くらいを対象に設計したんだろ…まったくぅ。
(--;)」

と自分が迷った事にかなり苦しい言い訳をしてみるものの、
とりあえず私は(個人的に)対象外である事をはっきりと認識している(^^;)

ところで、
敷地の一角に「毛利庭園」と名づけられた庭があるのをご存知でしょうか。
江戸時代ここは、長府藩毛利家の上屋敷があった場所だ。

書き残されたものによれば、
静かな木立にかこまれた上屋敷の庭は、湧き水に恵まれた池があり
春には桜の花が美しく咲きほこる、それはみごとな庭園だったという。

現在、「毛利庭園」と名づけられたその庭に、
昔の面影がはたしてどの程度とどめられているのかどうか……。
ワクワクしながら出かけていった私には、
「庭園」と名づけられた「オブジェ」という印象が強く残った。

ただ、造られた池のかたすみに石づくりの小さな井戸が残されていた。
実は「取材が一度」というのはこの井戸が一番の目的だった。

嘉永2年、上屋敷に誕生したある男の子が産湯につかるときに使われたものらしい。
男の子の名は「乃木希典」。
明治37年、
日本とロシアが戦った日露戦争に第三軍司令官として出陣した陸軍大将だ。

しかし、
あの忠臣蔵で名高き赤穂浪士のうち十人が、
切腹の日までこの上屋敷にお預けとなった事は記されていたが、
その小さな井戸には何の案内板もなかった。

「何故だ…」

早速私はその足で、乃木大将を神として祀る赤坂の乃木神社へ走った。


(ごめんなさいあせあせ(飛び散る汗)長くなりすぎましたので、続きは「その2」としていつか書かせて頂くことにいたしました。中途半端ですみませんたらーっ(汗)




posted by 悠(ゆう) at 01:30| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月13日

高校野球〜熱くってごめんなさい〜

8月12日(水)晴れ

2009開会式.jpg


8日(土)から、全国高校野球選手権大会がはじまった。
私は、開会式に向かう球児たちの入場行進が大好き黒ハート

北海道から沖縄まで、
まるで日本列島が行進しているような入場の様子は、
アンチ高校野球派にとっては、
「軍隊みたいだ!」
とのクレームもあるらしいが、
私にとっては魅力的にしか映らない。

各都道府県の代表チームとして、
力強く手足を動かす選手たちがカメラの前を過ぎて行く。

やがて外野に49校が横一列に並んだ瞬間、
ブラスバンドの奏でる曲るんるんが一気に山場を迎える。
それを合図に、選手たちは一斉にマウンドへ向かって前進をはじめる。

あ〜わーい(嬉しい顔)この瞬間は何度見ても感動する!
我が家の夏の風物詩野球

満面に真っ白な笑みを輝かせた彼等は、
今、憧れの甲子園の土をどんな気持ちで踏みしめているのだろうか。
更に、各チームの先頭に掲げられたプラカードを見ていると、
甲子園大会に出られなかった何万人もの球児のことが脳裏をよぎる。

例えば、
離島の小さな学校で、三年間ベンチ入りすら出来なかった選手も、
或いは、全国制覇だけを目標としていたのに、
惜しくも県大会で敗れてしまった名門校の選手も、
ただ、勝つために厳しい練習を積み重ねてきただろう。

泥まみれになって必死に白球野球を追いかけてきた選手たちは、
入場行進をしている選手の数の何百倍もいるはず。
その姿を思い浮かべ、いちいち感激屋の私はもうやだ〜(悲しい顔)また目頭が熱くなる。
晴の舞台にはいない彼等にも、力いっぱい拍手をおくりたい。

たった一校にしか与えられない深紅の大優勝旗。
それを我が故郷へ、我が母校へ、持ち帰らんと選手たちは戦う。
一球を追いかけ一打に集中し、決して最後まで諦めない。
う〜たまらない!わーい(嬉しい顔)ハートたち(複数ハート)

やはり

【闘っている男】

【挑んでいる姿】

これに私は極めて弱い。
たとえそれが、どんな小さなことであっても、
その姿を傍で見守っていられることに、幸せを感じていたいなぁ。


と、そこで友人がひと言。
「・・・で、そういう人・・・ま〜だ傍にいないの?(^^;)」
「ん……?うるさいよ(--;)」





posted by 悠(ゆう) at 00:44| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月03日

「気をつけてね」

8月3日(月)曇りのち晴れ


「気をつけてね…」
お見送りや別れ際、
何気なく使っているこの言葉。

幾度となく毎日それを繰り返しているのに、
その言葉の全てに100%の心を込めて相手に発する事が出来るのは、
母性からくるものしかあり得ないだろう…と、
昔、心理学か何かの本で読んだ記憶がある。

母性というものを感覚でしか理解できていなかった当時の私には、
しっくりと理解しきれないところがあった。
故に、その数行はいつまでも刻まれていたのだと思う。

だが、いまようやく理解できるような気がしている。

学校へ向かう小さな背中を見送る気持ちは、
何百回、何千回繰り返しても、何一つ変わらず色褪せる日などない。

「よそ見して転ばないようにね」

「電車に乗る時は、足元をよく見なさい」

「お友達と楽しく過ごしてね」

口には出さないが、背中に願う気持ちは日々等しく強い。

「母性」=「権力欲」と説いた学者さんもいらしたが、全くナンセンス。
人間が生きていく営みに於いて、実に意味のない理論だとさえ思える。


今朝、約一年5ヶ月ぶりに母が入院をした。
肺に鎮座したまま大人しくしていたはずの癌が、
たった一ヶ月の間に急激に大きくなっていた。

そのため今までのお薬を一旦やめ、
新しいお薬を副作用の状態を見ながら投与される。
また、恐ろしく不安な二週間が始まる。

祈るような気持ちで母を病室へ送り、
不安気な母の気持ちを逸らすような話しを続けながら、一緒にお昼をすませた。

「じゃ、また明日ね。」

帰ろうとする私に母は言った。

「帰り道、運転気をつけてね。」

エレベーターの中で、
心のこもったその言葉に、鼻の奥がツンっと痛くなった。

自分の命の危機に際して、たかだか30分の道のりを案ずるその言葉に、
「権力欲」などみじんも感じられる訳がない。

「気をつけてね…」
100%の思いだけだった。





posted by 悠(ゆう) at 23:21| Comment(14) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする