2010年09月04日

「日本のおかしな夏」



113年に一度の猛暑日連続を記録したらしい今年の夏。
息子が通う野球チーム野球のコーチは
「君たちのおじいちゃんおばあちゃんも経験した事のないような日本の夏。
君たちはそれを経験出来て…いや〜ラッキーだったね!」
冗談めかして子供たちに話しておられた^^;

そもそもポジティブで純粋な野球少年たち、
「すっげ〜ラッキーなんだ☆」
と、吹き出る汗と泥にまみれた笑顔を輝かせ、
亜熱帯と化した「日本のおかしな夏」を
明るく、かわいく、健気に乗り切っている。

はぁふらふらそれにしても暑く、長かった夏休み。
息子の宿題もようやくすべて終わり、
いよいよ月曜日から新学期。
数日前に、読書感想文を(少しだけ)手伝っていて読んだ本本
「マザーテレサへの旅」
手伝っていたつもりが、
気がついたら自分がその本を読み耽っていた^^;

その一節を少しだけ。。
「愛」の反対は「憎しみ」ではなく「無関心」であり、
「貧しさ」とは「お金がない事」ではなく「愛のない事」である。
と書かれていた。
言い古された表現なのかもしれないけれど、ひどく頷けた。

そうだよなぁ(・・;
仮に意見が食い違っても、喧嘩してでも、
相手に何か伝えようとしているうちは、
十分に愛情があるものだと確かに思う。
双方「本気」になれる相手が居るというのは良いものだし、
実はとても幸せなこと。
でも片方だけ「本気」じゃ駄目だし、それじゃ寂しい。
などと、どんどん入り込み暫し熟読。(ママ本カエシテ目)(チョットマッテネあせあせ(飛び散る汗)

(もうすぐ)明日9月5日は、
いみじくもマザーテレサが昇天された日である。
これも何かのご縁(・・?)イヤ、オソレオオイ。
改めて、偉大なる存在に心から合掌(-人-)
こうして息子の感想文は必要異常に時間がかかってしまった^^;

さてさて、
酷暑が続く「日本のおかしな夏」は、
9月もまだまだ続くらしいがく〜(落胆した顔)
それでもふと。
多摩川のグラウンドで見上げた空に、
20100903うろこ雲.jpg

こんな「うろこ雲」を見つけた目(3日)
「秋だ〜わーい(嬉しい顔)!」
この日の空を見て、
恐らく多くの人が「ほっ」とされたのではないだろうか。
(また)何が言いたいのかわからなくなってきたけれど^^;

取り敢えず、良かった〜♪^^なんとか秋は来そうかな〜。





posted by 悠(ゆう) at 23:39| Comment(15) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月31日

「さくら人」



「さくら」
季節はずれの話題と知りつつ、
久しぶりに…いや、もしかすると初めて
これほど胸が締め付けられた曲に出会えたことを
どうしても書き留めておきたかった。

映画やストーリーという背景がありながら
流れた曲に思わず涙してしまうことはよくあるが、
ただ歌を聞いて号泣することはそれほどなかったように思う。
ところがこの歌「さくら人」
歌詞を読んだだけで泣けた、
しかも声をあげて泣けた(;;)
歌を聞くと今は泣いてしまうので、
予め環境(泣く)が整っている時(?)でないと
うっかり聞くことができない。

平成18年の7月28日から三日間。
思えば、
その年の昨日30日まで、父は行方不明になっていた。
脳に転移をはじめていた癌のせいか、
少しずつ脳が萎縮をしていたのか、
時々口にする可笑しな言動が気になりはじめていた頃だった。

まだ幼稚園に通っていた息子の日常をこなしつつ、
時々立ち寄っていた喫茶店の奥さま、
近所の八百屋のご夫婦、
顔写真を片手に、刑事ドラマ宛ら昼も夜も捜し歩いた。
捜索願を出して三日目の夜、
千葉の柏警察から電話があった時、どれほど安堵したことか…。
(なぜ柏に居たのかは未だに謎のまま目

駅前にあるデパートの階段で、苦しくなって蹲っていたらしく、
運よく買い物に来ていたお医者様に助けられ無事保護された。
母と息子と三人で柏警察に到着し、
顔を見た時の笑顔が忘れられない。

そして第一声。
「どこへ行ってたんだ、みんなにご迷惑をかけて…」
そう言いながら警察の方々に頭を下げていた父。
おそらく父の頭の中では、
家族旅行の途中で私たち三人が居なくなってしまった。
そんな設定になっていたのだろう。
どっちの台詞だよ(― ―;と思いつつ、
「ごめんね……」
それしか言えなかった。

無情に過ぎて行く時間に足を踏ん張りながら、
か細くなった身体で懸命に生きていた父を思い、

***********************
 揺れながら風にたえてる花びらに涙がでます
 まるでこのさくらの花のように
 あの日のあなたを 思います
***********************

このフレーズに、どうしようもなく胸が震えた。


posted by 悠(ゆう) at 22:14| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月13日

「低気圧くん」



低気圧が近づいてくると、
後頭部にいつもその前兆がある雷雨
私の身体は、
どういう訳か呆れるほど気圧の変化に敏感で
低気圧が近づいてくると、
だいたい雨が降る2日前、最近は1日前に最も激しい頭痛に悩まされるふらふら

かれこれ二十数年付き合ってきたこの「低気圧くん」。
未だにこれが何者なのか、はっきりとはわからないけれど、
私にとってはくせ者極まりない(-_☆キラン

それでも長い付き合いのなか、
予兆があったらすぐに予め市販の鎮痛剤を飲むとか、
お酒は控えて無理をしない…など、
誤魔化しながらなんとか付き合い方も上手になってきた^^;

まぁ、
一方的に突然襲ってこないだけ(?)まだ良いのかもしれないけれど、
出来ればそろそろ別れを告げたいところだ。
でもこれが結構しつこいタイプ(笑)

今頃、九州各県・広島・山口・島根などには、
大雨洪水警報が出ている雷雨
やはり朝から…
首、肩、後頭部、目頭などが「ぬぼぅ・・・ε=( ̄。 ̄;)」と鈍痛。
今にも固まってしまいそう。。

人の身体がいかに「自然」と深くかかわり合っているものなのかを、
都度、身体で感じる機会にはなってくれるけれど、
出来ればこんなの感じなくていいかも^^;。
雨や雷の前兆より、
「宝くじ買うべし」とか
「会いたい人がどこそこ付近に出没!いざ!」とか…
何かもっとラッキー☆を教えて欲しいなぁわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)

天気、湿度、重力(?)、汐の干満、月の満ち欠け……。
森羅万象にあるが故、これが「自然」の力だと甘んじて受け入れ、
仲良くしていくしかないのかしらん、この「低気圧くん♪」(・・;
何方か、体験者がおられたらお願い教えて目


posted by 悠(ゆう) at 10:29| Comment(17) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

お誕生日おめでとう!!




バースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデー

お誕生日おめでとう!

バースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデー

今日は

日本の音楽史にその名を残す(はずの)

ある天才音楽家の誕生日わーい(嬉しい顔)

天才というものは得てして

その「才」を自ら気づいていない事が多いのか…

謙虚すぎるほど自分の生み出した作品を

あまり良く評価されないらしい。

天才ってそういうもんなんかなぁ目


などと、ぼんやり

1973年の6月7日。

その産声の横・・・どんな音が響いていたんだろう…♪

とその才能を羨むぴかぴか(新しい)

まぁ、とにかくわーい(嬉しい顔)

お誕生日おめでとうプレゼント素敵なBirthdayを…




posted by 悠(ゆう) at 16:09| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月04日

「海ゆかば」



青春のある一時期を共に過ごしたK氏を、
近頃テレビで観ることが増えてきた。
とても喜ばしいことだと、暫しかじり付く(テレビTV
出会いは、共通の友人が軽く催してくれた食事会。
食事の後、みんなで歌いに行ったカラオケボックスでの
ちょっとしたエピソードを画面を見る度に思い出す。

あの日、宴も酣になってきた頃、K氏が突然歌いだした曲、

「海ゆかば」

この曲に私は過剰に反応してしまった。

「こういう場所で楽しんで歌う曲じゃないんじゃないジャナイ?!(どっちだ^^)」
そんな一言を言ったか言わなかったか定かではないが、
次の瞬間、
彼の持っているマイクカラオケを奪い取り、自分で歌ってしまったがく〜(落胆した顔)
初対面の少しインテリジェントな好青年に、
なんて失礼な事をしてしまったものかと、今思っても赤面する。

(言い訳がましいが^^;)それには、私なりの理由があった。
もしかすると、戦前生まれの方々には全てあてはまるのかもしれないが、
私の父も、十代半ばで既に一命を捧げるつもりだったらしい。
それが使命だと信じて子供時代を過していた。
将来は海の特攻「回天」に志願するため、
日々、海底で砕け散る瞬間に向けて厳しい訓練を重ねていたという。

私が子供の頃、一緒にお風呂に入ると、
カッター船の訓練で何度もすりむけてしまうらしいお尻に、
無数の傷が残っていたのを思い出す。だからこそ…

「海ゆかば」

帝国海軍を象徴する尊いこの曲を、
カラオケでやんや♪と歌ってはいけないような気がしていた……
それだけだった。(勿論K氏はやんや♪ではなかったが^^;)
K氏は、マイクを奪った私を
『面白いやっちゃなぁ』と一笑に付しておられたが、
実は筋金入りの「愛国者」であられた。ヨウダがく〜(落胆した顔)
もしかするとあの時、
じゃじゃ馬を腹では「チッ」と笑っておいでだったかもしれない…トホホ。
Kさん、、深く知りもせず、す、すみません^^;
今なら大人しく聞き拍手させて頂きますっ。

そしてもしも、
「君は〇翼か!」とあの時のように聞かれれば^^;

「右でも、左でも、鷹でも、鳩でも…ないんです。
 難しい事はよくわかりませんが(− −;)
 ほんの少し昔、もう自分は存在していないはずの
 後世の日本の事ばかりを真剣に考えながら、
 来る日も来る日も血の滲むような訓練を重ねた人たちいて、
 やがては粉々になってしまった人たちがあんなにも沢山いた。
 うちはね、あの時代の人たちがみぃんな大好きなんよ」
(なぜか最後山口弁?)
 
あの時より少し成長した私は、
決してマイクを奪うことなく(笑)
遠慮がちにそう応えたいなぁ…わーい(嬉しい顔)などと思って画面を眺めている。


posted by 悠(ゆう) at 22:51| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月24日

あれから一年「BIGBELL」


日記を遡ると、丁度一年前の今日5月24日。
川崎のチネチッタに、目当ての作品もなく映画カチンコを観に行き
BIGBELLに出会った。

(いつかの日記の繰り返しになるけれど)
彼等の姿など見えない場所にあるカフェで、
遠くから何とも美しい声が聞こえてきたあの瞬間。

「なにこれ耳!どこどこどこ目!どこにいるの〜モバQ!」

頼んだコーヒーも束の間に慌てて店を出て、
声のする方へ吸い込まれていったのを覚えている。

すり鉢状になっている野外の会場で、

「頼りない両手で大きく背伸びして・・・」

空に向かって差し出された手を、
上から溜息まじりに見ていた感覚を今でも思い出す目

あれからほぼ月に一度のライブは、
どんなに凹んでいようが、どんなに体調が悪かろうが、
這ってでも行きそうな己の姿が少し可笑しくて、
実はほんの少し気に入っていたりする^^;

この事で、誰かにかけているであろう負担や迷惑は、
出来る限り暖かい毛布にくるみ(?)、後で目一杯抱きしめる。
例えばそんなフォローをしてでも、
どうしても過したい時間。
頭の中が、目の前にいる二人と耳から入る美しい音の数々…
それ以外は空っぽになっている瞬間がそこにはある。
それが、たまらないわーい(嬉しい顔)

ほんの数十秒聞いた声を好きになり、
そのメロディに涙しもうやだ〜(悲しい顔)
気付いたら所謂「okkake」(自覚はないが^^;)をしながら、
「ikareponchi」になっている自分の姿など、
去年の今日は想像も出来なかった。
いろんな意味でこの奇跡☆幸せだぁ・・・
と「あれから一年」
にんまりとかみ締めている今日、5月24日。


以下、
You TubeにUPしたライブ映像です。
昨夜のものも、以前のものも含め、
映像は(Do)素人で僭越ですが、
一人でも多くの方に聞いて頂けないものかと四苦八苦^^;
ここにご紹介させて頂きました♪

【夜叉が池】
http://www.youtube.com/user/yumikotosho#p/a/u/0/ESLYgIs2k9Q

【One】
http://www.youtube.com/user/yumikotosho#p/a/u/0/jEoTjBH-XV0

http://www.youtube.com/user/yumikotosho#p/a/u/2/t-PytFKZOuE

【ひかりのかけら】
http://www.youtube.com/user/yumikotosho#p/a/u/0/-a-wWMHR7OU

【青い花火】
http://www.youtube.com/user/yumikotosho#p/a/u/1/K18MZg5oFMA


posted by 悠(ゆう) at 22:41| Comment(14) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月14日

「待ち合わせ」



何年前だっただろうか、
東急東横線の「洗足駅」で財布を落としたことがあり、
運良くとても良い方に拾われた。
良い方というのは、
80を少し超えている感じの、優しそうなおばあちゃま。
クリーニング店の引換券から辿って電話を下さり、
飛び上がるほど嬉しかったあの時の事は、今でも忘れられない。

電話を切った後、すぐに待ち合わせ場所へ向かった。
「あの年代の方だ。間違いなく時間より早く来られるだろう」
予測した私は時間よりも15分早く行ってみた。
すると案の定。
おばあちゃんは、改札を出てすぐに見つけられるようにと思われたのか、
じっと改札口を見つめたまま目立っておられた。
「流石!かなわない…」
本当に頭が下がる思いだった。

ところが、
場所も相手も変わって神宮外苑。

打ち合わせのためデザイナーとオープンカフェで待ち合わせ。
平均して彼は毎回、30〜40分は遅れてくる。
それに慣れてきたこの頃は、
予めその時間を見越して、その間に出来ることを抱えて行くようになった。

ちらりと嫌味を言っても通じず^^;
遅れて来たにも拘らず、
「いちょう並木の下で本を読んでいるゆ〇子さん、絵になってたなぁ」
などとおべんちゃらを言いながら、
しなやかに伸びた綺麗な人差し指と親指で四角をつくり、
四角の中に私を入れて片目をつむる。
(なんでもえーから早う座らんかい!ワレ(--メ))心で叫び、
思わずとび蹴りを入れそうになった(笑)
更に、長身をくねらせながら格好良く座ったかと思うと、
今度はワインを注文しながら店員との薀蓄がはじまる。
「あの、私も次があるから……(えーかげんにせーよちっ(怒った顔)!)」
テーブルをひっくり返しそうになる(笑2)

だがここは年上の私のプライドがセーブする。
(穏やかに穏やかに…^^;)
「じゃあ、はじめようか」
感情を抑えて冷たくも聞こえるような言い方で、
いつものように打ち合わせがはじまる。

「待ち合わせ」
おばあちゃんの真似を、
きっと毎回は出来ないだろうけれど、
おばあちゃんの中に流れている時計と、
人を待っています、人を探しています。
という真剣な眼差し。

いいなぁ…と思い、尊敬しつつ、
苛っとしながら今日もデザイナーを待つ^^;


posted by 悠(ゆう) at 22:38| Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月28日

「マクロヒストリー」

**********************
まずはじめに、
約一ヶ月ブログの更新をしていなかったため、
ご心配をおかけしてしまいました。
暖かいメッセージを頂いた方、
心配をおかけしたままになっている方、
体調はまだまだ万全ではありませんが、
私、なんとか生きています^^;
本当にありがとうございました。
**********************

「マクロヒストリー」

平成13年頃だっただろうか、
私の拙いオピニオンを読んで下さった
奈良のある大学の先生からお手紙を頂戴した。
以来、年に1〜2度手紙のやりとりをして頂いている。

2月の半ばから徐々に体調を崩し(ブログもこの通り^^;)、
一ヶ月以上気力をなくしていた私に、
お会いした事もないその方から届いた手紙は、
このブログに遊びに来て下さる方々と共に、
私の背中をそっと押してやろう…と届いたような気がした。

二冊の本本を紹介してくださり、
その一部から印象に残った箇所を少し書き残しておきたい。

人間の「脳」のなかに「ミラーニューロン」という神経細胞があり、
他人の振る舞い ←→ 自分の振る舞い。
これを比較する鏡のような細胞…らしい。
この細胞が活性化するのは、
自分と強烈に異なった存在ほど好ましいものはないらしい^^;
「君子欺くべし」・・・だそうだ。
真に賢く優れた人ほど騙される、或いは、騙されなさいと言う事か…。

ただ、
私のようなお猪口ほどの器の人間は、
そんな高みを臨んでしまうと得てして身体を壊す…^^;ハハ
ミラーニューロンが活発になる事で、
心身を病んではどうにもならない(・・;コレハギモン

だがもうひとつ、「マクロヒストリー」
そう、小さな歴史。(以下引用)
歴史とは、国家レベルの政治史だけが歴史ではなく、
周囲の小さなものたちの、かそけき声に耳をかたむけること。
自分を包むものたちの気配に敏感であること。
たった一人の小さな歴史に思いを馳せること。

頭ではわかっていたようで、実は目から鱗の感覚がく〜(落胆した顔)
良い本本を教えて頂いて嬉しく思った。

時代の奔流を生きた方々を思うときも、
傍にいる誰かを思うときも、
その小さな歴史に心を寄り添えるようでありたいと胸に残った。



posted by 悠(ゆう) at 11:59| Comment(16) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月25日

「真実」

「真実」

「ありがとう」では足りないほど、
嬉しかったことがある。
でも、上手く気持ちを伝えられず、
暖かい想いに何も返すことが出来なかった事。

「ごめんなさい」ではすまされないほど、
傷つけてしまった人がいる。
しかし、何度もそのチャンスがありながら、
一度もその罪を償うことなど出来なかった事。

歩いてきた道のりよりも、
これからの時間が初めて短く感じられたとき、
そんな人たちの事が気がかりでならない。
そんな事のひとつひとつが、
今更情けなくて、悔しくて、辛くなる。

若くて、未熟で、残酷で、
目の前のものしか見えていなかった頃。

どんな事が優しさで、
どんな人が暖かくて、
どんな愛が真実で、
自分が何を幸せだと思うのか。
何もわかっていなかった。

今になってそんな事を思い、とことん凹んでみたりする。
でも、
「今日は正直でいよう」
そんな風に思う。
そして、
自分のなかに確かに存在している「真実」を書いておこう。

************************

冷たかったはずの私に、
今でもずっと優しくしてくれる人。

裏切って、踏みにじって、あんなに傷つけたのに、
今でもそっと力になろうとしてくれる人。

傍にいてくれた人、関わってくれた人、
全てに、

「ごめんね…」と、喉の奥が痛いほど思っていること。

「ありがとう」と、事ある毎に思い続けていること。

************************

本当は今すぐ伝えたい。
伝えたくて仕方がないんだヨ。



posted by 悠(ゆう) at 02:01| Comment(24) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月16日

「雛人形」

3月15日(月)

2月の下旬から飾っていた我が家の「雛人形」
片付けるのが3月3日を過ぎると、嫁入りが遅れるとか……。
母は慌てて3日の夜に片付けようとしたが、

「いや…あの…もう…二度と、どこにも行か(け)ないから^^;」

と、そのまま暫く飾っておいた。

そして今夜、ようやくそれを片付けた。

四十(数)年前。
子育てに追われていたせいか、
決して子煩悩な親ではなかったせいか、
母は、初めての女の子(ワタクシ)誕生に
桃の節句など持成す気配もなかったらしいもうやだ〜(悲しい顔)
不憫に思った祖母が買ってくれた五段飾り(?)

20100315_0270.JPG

実はこの人形、アップで見ると・・・

20100315_0278.JPG

ちょと怖いがく〜(落胆した顔)(ゴメンおばあちゃん^^;)
でも、

手の平にのるほどひとつひとつが小さくて、
お内裏様、三人官女、五人囃子、隋臣(右大臣、左大臣)、仕丁(じちょう)
全部揃ってる^^黒ハート
今の時代で探そうと思っても、
このサイズで勢揃いはなかなかお目にかかれないかもしれない。
私の宝物。
何十年後かわからないけど、
息子の嫁に(迷惑だろうが)あげちゃうよわーい(嬉しい顔)手(チョキ)


まだ、字もろくに書けない年で、
箱に一所懸命自分の名前を書こうとした跡があった。

20100315_0277.JPG

これは、私にしか読めない^^;

「おばあちゃん…ごめんねもうやだ〜(悲しい顔)
 私、こんな年になって
 おばあちゃんが買ってくれた雛人形を
 初めてゆっくり眺めているような気がします。
 嬉しいな〜わーい(嬉しい顔)おばあちゃん、ありがとうもうやだ〜(悲しい顔)


来年は、3日に片付けてみよっかなっと(笑)


posted by 悠(ゆう) at 01:05| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

「たんこぶ」も幸せ(?)


(また^^;)
大好きなBIGBELLのライブのため、
20年来の付き合いのmちゃんと、
25年来の付き合いのmちゃん二人を車に乗せて一路前橋へ!

前日の曇天でひどい頭痛に苦しみ、
中止にせざるを得ないかな…と多少の不安もあったけれど、
なんとか薬も効いてきて、土曜の朝には全開(^^)
よっしゃ! いざ!

二人のお陰で、往復4時間の道のりの車中も、
ピクニックのようにお菓子が満載わーい(嬉しい顔)

初めて会った人同士とは思えないほど
打ち解けたm&m(チョコか^^;)ちゃんの会話に、
終始笑いがとまらなかった。
ハハハ\(^▽^\)(/^▽^)/キャッキャ

ライブに行くようになって改めて思う。
「BIGBELLライブ」という共通項(?)から、
どれだけの友達と友達がこうして繋がっていってくれたことか…。
それが、本当に心から嬉しく思う事のひとつになっている。

その後、
約2時間のライブを満喫し東京へ帰る彼等を見送ろうとした時、
トランクをあけて重たいキーボードを片手で積み込む様子が、
とてもとても危なっかしく思えて(大きなお世話でしたふらふら
滑り落ちそうに見えたキーボードに思わず手が出てしまったがく〜(落胆した顔)

すると。。。

そのとき。。。

ストッパーがあまくなっていたらしい(?)後ろのドアが、
(なんて言うんだっけな・・;ボンネットの反対)
「ガッ!」ちっ(怒った顔)と私の頭に落ちてきた(;;)イタイ

ちょっと恥かしい気もするけど・・・。
お節介でバチがあたった気もするけど・・・。
あまり大人になってつくらないものだろうけど・・・。

この「たんこぶ」目トホホ…
でも、
脳天気な私には、これもちょっと幸せわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)アホカ



posted by 悠(ゆう) at 00:28| Comment(13) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月17日

「二つの顔」

文久二年の今日、二月十七日。
人口約6200人(当時)の小さな町、
島根県津和野町に明治の文豪が誕生した。
森林太郎、後の 森鴎外 である。

藩校では神童と称えられたほど実に優秀な子であり、
子供には難解な本も、一度音読をしただけで言葉の意味を理解したという。

しかし、道ばたで花を摘んでながめているようなところや、
「犬がこわい」と屋敷町を歩けず、近所の子どもたちに
「女々しい」と苛められてしまうような弱々しい面も持ち合わせていた。
神童といわれた顔と、女々しいといわれた顔。
「二つの顔」が、後に陸軍軍医として果敢に政治にも関わっていく鴎外と、
あまたの作品を残していった文学者としての鴎外になったのだろうか。

明治17年、軍医としてドイツへ渡った鴎外は、
再び「二つの顔」に揺れ動く。
個人主義的な西洋の考えと、個人のことより家や国家を重んじる日本的な考え。
武士の家に生まれ、道徳教育がしっかりと根付いている鴎外とは反対に、
文学者としての鴎外は、学問や芸術で表現の自由を求めていた。
個性を生かせる西洋の考えに少しずつ心を傾け、
祖国日本に対し違和感を感じることもあったという。

ところが明治四十五年。
そんな鴎外を一気に傾倒させるような出来事が起こった。
それは、
明治天皇崩御につづき、天皇を崇拝していた陸軍大将 乃木希典 の殉死であった。

鴎外は甚く衝撃をうけ、
「乃木大将の殉死は、日本人の精神の原形である」として、
この日を境に、日本を形成してきた精神を武士社会に探りはじめる。
乃木大将殉死の日から、五日間で書き終えた『興津弥五右衛門の遺書』をはじめに、
森鴎外の歴史小説は、正にこの時からはじまっていく。
鴎外は晩年、自ら「乃木流」と称し、
家にいる時も金巾のシャツと軍服のズボンをつけて過ごし、
軍刀を側において寝ていたほど乃木大将を尊敬しつづけていた。

大正十一年七月九日。
袴を身に着け、痛みに我が身が乱れぬよう腰を支え横たわる鴎外。
その最期は、死の床にまで凛として旅立つのだという、
まさに武士の姿であったように思う。

時は平成二十二年。
バンクーバーオリンピックに日の丸を背負って出場し、
腰パンで一躍有名になった彼は、
「自分にとってオリンピックは特別なものじゃない」と嘯く。

その反面、
38歳で自身五回目の出場というスケート選手。
「アラフォー世代に、これからの日本をもっと動かして欲しい!」
「だから私が頑張るのだ!」
と、彼女の輝くような美しい笑顔は涙をさそった。
もしかすると、
これこそ今の日本人にある「二つの顔」なのかもしれない。

彼女の笑顔に、日本の美しさと凛とした強さのようなものを感じ、
ふと鴎外の誕生日を想った。


posted by 悠(ゆう) at 22:13| Comment(10) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

「才能」

横浜は桜木町。

同級生のお店で久しぶりにウィスキーを飲みながら語りあった。
ママである彼女はカウンターの中で、
終始、空になるグラスを気にしながら、
毒舌をふるう客のジョークも高らかに笑い飛ばし、優しく酒を注ぐ。

私の隣には3つ上の先輩。
正確には兄の幼稚園時代からの幼馴染であり、
高校時代は同じ野球部で甲子園野球を目指した(兄の)大親友。
早稲○大学を卒業する頃にスカウトされ、
以来、長い芸歴を積み重ね、現在は実力派の俳優さんでもある。

二人を見ていて、
それぞれの「才能」を改めて感じた。

【同級生ママ】
さほど興味もない話しであれ、相手が心地よいように膨らませ、
笑えないジョークを極上の笑いに変えてしまう才能。
相手に気持ちよく美味しいお酒を飲ませる才能。

【3つ上の先輩】
丸坊主&ジャージでスクランブル交差点を歩いていても、
群衆に紛れず「キラリ」と光りスカウトの目にとまってしまう才能。
泥酔していても「いい男」「俳優」のオーラぴかぴか(新しい)を崩さず、
誰にでも愛されるキャラでいられる才能。

自分を振り返ると・・・。

失礼な毒舌トークには真っ向から立ち向かい手(グー)(笑)
女らしいお酌など凡そ格好もつかず。
地味な装いでスクランブル交差点の群衆に消え、
泥酔したなら、恐らくそのまま寝るだろう^^;

なるべくしての今があり、二人の「才能」を改めて尊敬した夜。

よ〜し、今年は勝負!

何を?

知らん目

とにかく頑張るぞ〜!!わーい(嬉しい顔)本

「才能」よ私の元にも降りてきて…。お願いもうやだ〜(悲しい顔)




posted by 悠(ゆう) at 00:00| Comment(21) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月21日

「一人」そして「三人」

「一人」そして「三人」



「そうだ、京都へお墓参りに行こう!」

二十歳の記念に何か大人びたことをしたくなった私は、初めての一人旅を計画した。
それは、十代半ばから後半ごろだっただろうか、
急激に日本の近代史に魅せられたきっかけとなった幕末物の本が、
強く影響していたんだと思う。

そうは言っても、順序良く歴史の大河が頭の中を流れているわけでもなく、

「あ!私この人好き目

「○○さんと○○さん、この時代に既に繋がってたんだぁ…。」

とか、

「うわ!○×△の家のすぐ近くでこんな人もその後生まれてる!家

やら、

「あら〜。こんな逸話があったのねぴかぴか(新しい)

などと言いながら、
極めてピンポイントで、
私なりの小さな発見がポチポチと刻まれていた程度だったように思う。

現在放送中の「竜馬伝」を観ながら、改めてそのポチポチを思う。
熱烈な竜馬ファンの方には、小さな声でしか言えないけれど、
「維新の真の立役者説」もある(らしい)中岡慎太郎に、
どうしても天邪鬼な私は心が動いてしまう^^;

何を隠そう今も後ろを振り向くと、壁に貼り付いて彼(写真)は私を睨んでいるのだ。
それだけに今回の「福山竜馬」は勿論、「上川慎太郎」がとても楽しみで仕方がない。

さてさて一人旅。
そんな訳で選んだ場所は京都の霊山護国神社。
今でこそ造語で「歴女」と、まるで流行の一つのような見方もあるが、
当時はただの変わり者でしかなかったのではないだろうか^^;

東山に位置するこの神社には、維新を目前に倒れた志士をはじめ、
日清、日露、大東亜で戦死された方々をご祭神とした約73000柱が祀られている。
この国をつくり、護り、礎となった方々のお墓が山頂まで続いており、
とてもとても私の軟弱な脚力では、上まで登りたくても登れない。
それでもなんとか中腹まで登っていくと、京都の街が一望できる。

霊山神社からの京都.jpg

そこにお墓が仲良く二つ。

「坂本竜馬」と「中岡慎太郎」である。

二人に対し熱いメッセージが書かれた石板がずらりと並んでいる。
たくさんの人たちの嘆きや願いを受けとめながら、二人は何を話しているのだろう。

今思えば不謹慎きわまりないが、私は傍の自動販売機で缶コーヒー喫茶店を三本買い、
一本は慎太郎に。
一本は竜馬に。
そして一本は私…と。
三人(?)で缶コーヒーを飲んだわーい(嬉しい顔)

そして私も聞いてみた。

「お二人の愛した日本は、思い通りの国になっていますか?」

国の行く末を案じ、この地に眠る方々は大寒を迎えた京都の街を見下ろし、
今、何を考えておられるのだろうか。
20数年経った今でも、あの時と同じように聞いてみたい。

そしていつかまた、お墓参りに行ってみよう。
その時は缶コーヒーではなく
当時はまだ「臭っ!」と言って飲めなかった芋焼酎を是非「三人」で飲んで頂きたいわーい(嬉しい顔)





posted by 悠(ゆう) at 00:28| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月06日

「頑固」「傲慢」「我が儘」

「頑固」「傲慢」「我が儘」

元旦の朝。
いつも思い出す風景がある。

和室の床の間の前、和服姿の父がどっかと座っていた。
子供たちは私を最後尾に兄から順に並び、

「あけまして、おめでとうございます」

この日だけは丁寧に頭を下げ、新年の挨拶をする。
すると父は着物の襟元にすっと手を入れ、

「はい。おめでとう」

いつにも増して威張って言いながら、
子供たちの名前を右下がりの文字で書いたお年玉袋を手渡してくれた。

その後、
御節や雑煮を頂きながら子供たちも数滴ほどのお屠蘇にあやかる。
普段は近寄るのも怖いほど威圧感があり、((( ̄へ ̄) |(・・ )))。。。サササ
冗談を言って笑い合う事など皆無に等しかったが、
正月の朝の食卓だけは一年で最も和やかで、
一年で最も暖かい朝だったように思う。

「頑固」「傲慢」「我が儘」が三拍子揃った、所謂「典型的な昭和の父」を
今思えば、日本の正月の原風景と重なりあって懐かしく感じられる。

それとは別に、
父の機嫌の良し悪しによって例えば、お風呂の順番、言葉遣い、
ちょっとした油断からの生意気な態度…などなど、
ひどい時は女の私にも容赦なく鉄拳が飛んできた。

そんな時はただただ機嫌が回復するのを待つしかない。
故に、当然理不尽な思いもあった。(--)ム!
子供達はそれぞれに悔しい思いを小さな拳に握りしめ、
ひたすらあの時代に耐えることを学んでいたのかもしれない。

そんな事もいつしか年齢と共に受けいれ、
不思議なことに今では、
「男らしさ」などという話をする度、父の背中を思い出し更に、
「頑固」「我が儘」などと聞くと、
言葉では表現しきれないけれど、尊敬や憧れのようなものすら感じてしまう。

頑固で、傲慢で、我が儘で、
されど純粋に挑み、一つの何かを護り抜く。
そんな男の姿は、いつの時代にも存在し続けていて欲しい。
いや、存在し続けているのだと思う。至極愛しい。

「どうかそのまま頑固でいて」
「どうかそのまま我が儘でいて」そして、
「どうか挑んで下さい」それを
「どうか護って下さい」と……。

私はいったい、誰に叫んでいるのだろうか^^;ハハハ


posted by 悠(ゆう) at 00:29| Comment(16) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月31日

2009年大晦日

大晦日。

今年一年を振り返り、
正直・・・辛い事も多かったかもなぁ…もうやだ〜(悲しい顔)

けれども、
それもこれも全部ひっくるめて一年間の御礼を言おう!

そんな訳で、
今年最後の太陽の光を見送ってきましたわーい(嬉しい顔)

雲のない日は写真右手に、
それはそれは見事な富士山が臨めるのですが…。

20091231_0123.JPG


今日は少し雲がかかってわかりにくいです(・・;
(いや、全然わからない?^^;)

元気のない私にも、
太陽はいつも変わらない光を届けてくれて晴れ

20091231_0126.JPG

今日も静かに、違う国へ出かけて行きました晴れ

一年間ありがとう手(パー)晴れ

そしてぴかぴか(新しい)
このブログに遊びに来てくださった皆さま、
暖かいコメントを残してくださる皆さま、
本当に一年間ありがとうございました。

そしてまた来年も、
お時間が許されます限り、
この淋しがりやを勇気付けに来てやって下さいませ。
どうかどうかよろしくお願い申し上げますm(__)m

みなさまわーい(嬉しい顔)
ぴかぴか(新しい)どうぞ良いお年をお迎え下さいぴかぴか(新しい)

posted by 悠(ゆう) at 22:42| Comment(19) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月20日

謝罪〜罪深き少女のお尻〜

小学校へ上がるまでの約6年間。
山口は小郡の矢足(やあし)という、街から少し離れた山裾に住んでいた。
当時は勿論知る由もなかったが、
小さな平屋建ての我が家の真裏(山側)に
種田山頭火の「其中庵」があった。

今現在は、
平成4年に復元された建物があり石碑なども数を増しているが、
微かな記憶を辿れば、子供の頃、建物は既になかったように思う。
石畳、南天の木、読めない字の小さな石碑、そこに舞う桜の花びら…
そんな僅かなものが映像として蘇る。

だが、何と言っても幼い私にとっての「そこ」は、
どんぐりや椎の実を集める場所であり、
ご近所の庭の木にこんもりと実った「ぐみ」をもぎ取り、
満面の笑みで頂く庭であり、(野生児^^;)
小高い畑にずらりと育っている人参を一本引き抜き、
泥を洗いながら、これまたにっこりカリカリと頂く場所だった。(うさぎか^^;)

今思えば、
罪の意識などまるでなく、一度や二度の犯行ではないこの小さな泥棒(−−;
ご近所の皆さまは恐らく、
見て見ぬふりをして下さっていたに違いない…。がく〜(落胆した顔)
時を経て、今更ではございますが遠い空より謝罪いたします。ゴメンナサイ。
どうかどうか罪深きチビをお許し下さいませ。もうやだ〜(悲しい顔)

復元されて間もなく、帰省のついでに「其中庵」を訪れた事がある。
山頭火がこの庵で暮らしていた日々を書き残したものを読んだとき、

「夕方、2キロ近く離れた小郡駅前での物売りの声が、
   山を駆け登って庵にまで聞こえくる…」

などという一節がとても気になり、耳を澄ましてみたかったから。
(聞こえなかったが、聞こえるような気がした目耳

そしてもうひとつ。
当時、調達(?)した品々を庵の庭で頂く際に、
いつもちょこんと腰をかけていたはずの石(石碑)があったはず。
その石を見てみたかった。

それがなんと。。。
小さなお尻(当時は^^;)の下にはこんな句が刻まれていた。

山頭火石碑.jpg

「はるかぜの はちのこひとつ」

この石碑は、昭和25年に荻原井泉水が建立した貴重な句碑だったがく〜(落胆した顔)
自らの門下でもあった山頭火のため、
きっと様々な思いがこめられていたのだろう。

ガーーーン!
なんと、恐るべき少女がく〜(落胆した顔)
なんと、罪深きお尻モバQ

荻原先生、種田先生、ご近所の皆さま・・・ホントニごめんなさい。もうやだ〜(悲しい顔)


posted by 悠(ゆう) at 01:19| Comment(12) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月15日

てんこ盛り

12日(土)
午前中、大切な方を品川にお迎えにあがり車(セダン)
杉並の高円寺で【犯罪被害者支援のつどい】という、
杉並区が主催する講演会に参加させて頂いた。
それは、BIGBELLが癒しのミニコンサートに出演したから…。
(この件は片手間ではなく、改めて日記に書きたいと感じています。
 貴重な講演に自分も同席出来た事、とても感謝しています。)

その後、
兄の仕事のお付き合いでディナークルージング。
こんなにロマンティックな夜景に・・・
なぜか兄(^^;
レインボーブリッジが綺麗でした。

20091212_0068.JPG

夜10時から品川に残していた友達を車(セダン)再ピックアップ。
地元で兄と三人、カラオケで歌いまくり♪
夜中の2時過ぎ、お友達をまずは釈放(?)するため
お店でタクシーを呼んでもらった。

運転手さんに予めお金を渡して「品川へ」と格好良く見送ったはずの兄は、
そのお金をドライバーにネコババ(死語?)されてしまった^^;(本日判明)
世知辛い世の中だ…もうやだ〜(悲しい顔)マッタク。

翌13日(日)
二日酔いのまま車(セダン)北海道へ帰る兄を羽田空港飛行機に見送り一旦帰宅。
髪をブローをする暇もなくすぐに赤坂ライブへGo!
身体はヨレヨレで目は真っ赤ふらふら
それでも、ひとつひとつの出来事がキラキラと輝いていてぴかぴか(新しい)
幸せが「てんこ盛り」の二日間だったわーい(嬉しい顔)

しかし家に着いた頃には既に、チビ彼は夢のなか。
絶頂感の後に必ずやってくるチョッピリ罪悪感(。-人-。) ゴメーン

かわいい寝顔にKissをして、

「ごめん。ママ遊びすぎだね…」
「しばらくお酒は飲まないよ…アア…キモチワル」
「でもライブはやめられないなぁ…目
「その分仕事頑張るから…手(グー)

寝顔にブツブツ独り言。
事実上の父親役ではあるものの、この行動はかなりお父さんぽいなぁ^^;と自覚。

感慨、感動、事件、偶然、幸せ。
あまりに感情の起伏が盛り沢山で、
どこに焦点をあてて書いたら良いのか定まらないままでいる。

翌朝、
お茶をすすりながら彼等の名曲「ほのか」を聞くような、
相変わらず渋いチビ彼に相談してみた。
(最近はひかりのかけらが大のお気に入り)

ママ「いろいろあって何書こうか迷っちゃったよ」
チビ「迷ってるって書けばいいじゃん」
ママ「(゚o゚;) ハッそうだね」
そんな訳で、こうしてだらだらだら……と。

たまにはこんなのもいっか(・・*)ゞ


posted by 悠(ゆう) at 23:37| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月05日

☆☆☆ Happy Birthday ☆☆☆


冷たい雨で・・・雨

自室に篭って・・・家

ただひたすら仕事・・・本

仕事・・・ペン仕事・・・ペン仕事・・・ペン

考え事?目


あ!!ひらめき


ふとわーい(嬉しい顔)ぴかぴか(新しい)


やっぱり何もせずにはいられなかったプレゼント


そんな今日12月5日に心をこめてバースデー黒ハート


誕生日~1.JPG



バースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデーバースデー

お誕生日おめでとう!おめでとう!おめでとう!

プレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼントプレゼント





「訳がわからん(・・?」という方、スミマセン。
(解説)
大好きなアーティストのお誕生日なのぅ^^;エヘヘ
posted by 悠(ゆう) at 18:08| Comment(6) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月01日

フィットタイム整体院

我が家から多摩川を隔てた住宅街の一角に、
「フィットタイム」という整体院がある。

いや実は、とても淋しいけれど…。
既に「あった」と過去形にしなくてはいけない。
なぜなら昨日(11月30日)そこは閉院したo(;△;)oエーン

通いだしてまだ2ヶ月余りにすぎないが、
おそらく母は、一日も欠かさず通っただろう。
整体院と言っても、私の今までの認識と大きく違っていたのは、
「フィットケア」という医療装置から
特殊な電気エネルギーが通電されているマットがあり、
マットは並べられた椅子いすの上に、全部で10〜12はあったと思う。
そこに毎日20分座りに行く。これがメインだという事。
(1回300円、1ヶ月だと4200円これは安い目!)

入れ替わり立ち替わり、椅子は常に満員に近く、
長い間通っている人たちの楽しそうな会話がいつも聞こえてくる。
肩こりや頭痛持ちが治った話しや、喘息、糖尿、癌……などなど、
重い持病を克服した晴れやかな自慢話が口々に聞こえてくる。

更に、イケメンで博学多識の店長「大ちゃん」
甲高い声で高らかに笑い、元気良く優しく声をかけてくれる。
そして彼をほど良く加勢するマッサージ師の「ともちゃん」
おっとりと実にスローリーな喋り方の彼女が醸し出す雰囲気は、
どんな「お香」より「アロマオイル」より癒されるわーい(嬉しい顔)いい気分(温泉)

雨が降る二日前あたりから、後頭部に痛みを感じてしまい、
「プロよりあたる天気予報」と言われてきた私にはもちろん朗報!
(天気予報を当てるより出来れば頭痛を治したい^^;)
そして何より、
かの笹川☆一氏が60代の頃患った「食道ガン」を、
この民間療法で克服したと言われる逸話(?)にはえらく感動し、
これこそ母に朗報!!
そんな訳で足しげく通っていた。

ところが、
不況の煽りか、人手不足か、はたまた経営方針か…。
突然の本社からの閉鎖通達により、二人の転勤が余儀なくされた。
身体に良いことを毎日わかりやすく説明し、
患者さんとの信頼関係を築いてきた二人にとって、
すべての決断がどれほど断腸の思いだったかは容易に想像がついた。

最終日の昨日。
テーブルに置ききれないほどのお菓子とお茶喫茶店を並べて、
【電気椅子(?)】に座りながらの何気ないお別れ会。

「元気でね。頑張ってね。」
孫を送り出すような目のおばあちゃん。

「絶対帰ってきてよ!」
そんな気持ちがたくさん詰まった
「またね!」
を何度も笑って言う親子連れ。

「お世話になりました。」
深々と頭を下げるおじいちゃま。

みんなにとって、ここがどれほど生活に重要な一部であり、
大切なオアシスだったかという事を改めて感じる。
そこに流れる空気が、何よりの特効薬だったのかもしれない。

私自身もたかだか2ヶ月とは思えないほどの愛着がある。
「どうしてくれるのよ!ちっ(怒った顔)
と1割冗談9割本気(^^;)で詰め寄ったりもしたが(ゴメンネ)、
改めて……。

「絶対また戻って来て欲しい!」

そんな気持ちをどうしても忘れないためにも、
今日はここに記しておきたかった。

みんなに愛された「フィットタイム整体院」に
(-∧-)合掌・・・


posted by 悠(ゆう) at 11:46| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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