2009年09月08日

「空気の研究」

9月8日(火)うす曇り

昨日の朝刊に、ご近所のある有名な方が記事を書かれていた。
山本七平さんのご著書「空気の研究」に触れ、(以下抜粋)

【日本人は事に関する空気にいかにも弱い。
つまりその場の空気が作り出す風に容易に吹き飛ばされてしまう、
個々の自我の希薄さ故にだろう】とあった。

これは、今回の総選挙の結果に多少の揶揄が含まれているようだった。
確かに、その方が更に仰っているように、
昭和20年の夏。
「一億玉砕」から「一億総懺悔」へと一夜にして変わっていく希薄さは、
日本人の軽薄無残な精神性の顕れだと言われれば、まさにその通りだと感じる。

されどこの「空気」。
日本に生まれ、育ち、これからも生きていくには、
その「空気の文化」はかなり重要なものになってくる…事もある。
特に、私のような所謂「空気読めない=KY」人間にとってはふらふら
「察する」
という努力を目一杯しなければならない場面が数多くあるのも確か。

先週の日曜日。
私の母は、おそらく七十数年の人生で初めての「ライブハウス」を体験した。
心うきうきと何日も前から洋服をあわせてみたり、
直前で妹(叔母)を誘って私を慌てさせたり……。
とにかく、
昭和8年〜12年に生まれた「三人の元少女」ご一行を連れ赤坂へむかった。
(注:もちろん私も元少女^^;)

世代の違いなどまるで問題としない「BIGBELL」のライブの内容に、
案の定、終わった頃にはすっかり「きゃ〜」と目をハート型黒ハートにして、
現役バリバリの「恋する乙女」となっていた。

そしてアンコール。
ライトに照らされたステージの上から、ざっと客席を見渡して
「昭和に響くメロディ」を選択されたのだろうか。
或いは予め予測されたプログラムだったのだろうか。
【ゴンドラの唄】
・・・・いのち短し 恋せよ乙女 紅き唇 あせぬ間に・・・・
客席では、それぞれの胸のなかにある時代が蘇るのか、
私のテーブルの乙女は目に涙を浮かべ静かに聞いているようだった。

ところが、だ。がく〜(落胆した顔)

最後の音の響きも、歌い終わった余韻も、
まだまだ会場内にどっぷりと流れていた時…。
クラシックオーケストラで言うと、最後のタクトがまだ止まってもいない時。
「はい! BIGBELLのお二人でした〜!皆さま盛大な拍手を〜!」
と甲高い声のMCが入った。(限られた時間。やむを得ないのだろうが)
せめて音が消えるまで…
せめて次の息を吸うまで…。
待って欲しいと思ったのは私だけだろうか。

そう…「空気」。
頭の中を、白黒で穏やかに流れていた映像に、
突然フルカラーのハンバーガーファーストフードがCMで飛び込んだような^^;
そんな気がした。

「空気の研究」本
改めて熟読してみたいと思う。





posted by 悠(ゆう) at 12:20| Comment(8) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
余韻〜
もう少し浸って居たかった気持ちよく分かります。

ファン総立ちのアーティストが多いライブハウスだからでしょうネ
いつもはそんな賑やかなライブだから同じように閉めたのかなぁ?

もっと空気を読めよ!と言いたいですよね〜
Posted by ホタピー at 2009年09月08日 19:42
空気の流れ。
新聞で石原都知事もまったく同じことを言っていたよ。
確かに弱いかもしれないね。もうひとつバンドワゴン効果
ってのもあるんだってさ。これは流行ってるよ、これは最先端だよとふれまわるやつにどんどんとひとが乗っかってしまうという効果。パレードの先頭の楽隊をバンドワゴンと言います。うんちくっちゃいました。
母君がそれだけ気持ちよく過ごせた時間を共有できたことが素晴らしいと思う。いい時間でしたね。それを考えれば他のことはいいじゃん。
あとちょっと待ってくれたらねとか話せることの幸せ。
動ける幸せ、生きてる幸せ。
いつ新しいブログ書くのだろうと待っている幸せ。
書いてくれたという幸せ。
自分変ですか?
いやだったら削除してください。
でも最近そんなことばっかり考えてます。
自分の落ち着ける場所をこれからも探し続けてね。
家族は一番の宝、それは当たり前なんですけれど、
心の方でね、なんか愚痴っちゃいました。すんません。
そのうちtelでも入れます。
Posted by higejiji at 2009年09月08日 20:32

ホタピーさん

それが…(・・;
私はよく意地悪な言い方で「格上」「格下」
と言ってしまいますが、
まさに「素」の「人」が「格上」のアーティストを取り仕切っていたような…。
あ〜これ以上は我慢(?)します^^;
正直、ちょっと辛かったです(;;)
いつものあそこはそんな事はないですよ(^^)


Posted by 悠 at 2009年09月08日 20:48

Higejijiさま

「バンドワゴン」ですか(・・)
勉強になりました。
Higejijiさん(^^)少しも変じゃないです。
確かに、そんな風に考えられたら幸せの数は、
何倍にもなりそうですね(^^)

いつもコメント待っています。
削除するわけありません。
(この間はゴメンナサイ)




Posted by 悠 at 2009年09月08日 20:53
本当の「空気」もつかみ所が無いですが、この「空気」もやっかいものですね。
色も、臭いも人によって流れ方が違うでしょうね。

昔の事ですが、コメディアンで流行した
「お呼びでない?これまた失礼しまた!」
って言葉、子供心に面白がっていましたが、今思えば、KY ですよね。

「空気の研究」私も読んでみたくなりました
Posted by スマイル at 2009年09月10日 01:18
スマイルさん

嬉しいです(^^)とても。

その本にはおそらく、
「強風に流されやすい国民性」
「自我に希薄な日本人」
のような事が書いてあるのかもしれないのですが、

なんだか私は、その自我を完璧に抑制できるような、
ストイックな男性にも魅力を感じたりします(^^;

…と、こんな夜中に^^;今日は徹夜です(;;)

Posted by 悠 at 2009年09月10日 02:41
某新聞の、「日本よ」と題する記事、司馬遼太郎も引用されていて、興味深く読んでいたところへ、よくぞブログにアップされました。余りのタイミングに「空気」が伝わったのかと、勝手読み。

一方で、別の表現で日本人を分析する言葉が近年、特に経済界で流行っているのが気になります。

「ガラパゴス化する日本」というもので、技術やサービスなどが日本市場で独自に進化をとげて、世界標準からかけ離れてしまう現象を、生物の世界でいうガラパゴス諸島における現象にたとえられている、とか。

「空気の研究」と併せ、さもありなん、と想いつつ、どうしようもない違和感を打ち消せない。

「世界の海援隊でもやるかのう」との遺志を受け継ぐものとして、又本ブログの一ファンとして、「軸がぶれない」日本人であり続けたい、と思った次第。

「空気」は読むものではなく、胸いっぱい吸うものだから。
Posted by 龍馬 at 2009年09月10日 21:01
龍馬さま

んんん(・・;
私には少々難しゅうございます^^;
しかし、
「軸がぶれない」
これは全てに於いてものすごく重要な事ですよね。
そして、とても難しく…
時には敵をもつくってしまう。
でもそんな人が素敵だし好き☆(^^)v

「空気」は吸う…ですか。
この季節のような、気持ちの良い空気だけ
胸いっぱいに吸いたいです。


Posted by 悠 at 2009年09月11日 13:34
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